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浦和地方裁判所熊谷支部 昭和59年(ワ)114号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金三九六三万一四一九円及びこれに対する昭和五八年八月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、連帯して三九九六万円及びこれに対する昭和五八年八月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車に乗車中、他車に追突されて負傷した原告が、被告らに対し民法七〇九条、自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、左記交通事故(以下本件交通事故という)により頸部捻挫の傷害を負つた。

日時 昭和五八年八月一六日午後〇時四〇分ころ

場所 戸田市大字下笹目一五六二番地先交差点

加害車両 普通貨物自動車(足立一一に五五二五)

同運転者 被告菊池利光

被害車両 普通乗用自動車(熊谷五五ま九三五三)

同運転者 訴外大谷哲也

同車同乗者 原告外三人

態様 前記交差点において信号待ちしていた被害車両に加害車両が追突した。

2  被告菊池は前方の注視を怠つた過失により本件交通事故を発生させた。

3  被告株式会社桜井工務店は、加害車両を所有し、自己のため運行の用に供してした。

4  原告は本件事故当時満三三歳であつた。

5  被告らは損害の填補として九万五三〇〇円を支払済である。

二  争点

1  原告の両眼虹彩炎、両併発白内障、視力低下と本件交通事故との因果関係

2  原告の後遺症の程度

3  損害額

第三争点に対する判断

一  争点1について

証拠(甲四、六、七、八、一〇、一二、一三、二〇の一ないし三、二一、二三、二五、二六、二八、二九、三〇、三一、三二、三三の一、二、三四、三五、乙三、四、五、六の二、八、九、証人岡安茂尚、同清水庸夫、証人矢島八重子、分離前の原告矢島八重子本人)によると、次の事実が認められる。

1  原告は、本件事故のとき、被害車両運転席側の後部座席に乗車しており、追突の衝撃により運転席座席後部に顔面(両眼付近)を打ちつけ、むち打ち症となつたほか、目の下、上まぶたを切つて鼻血を出す負傷を負つた(甲三五、分離前の原告矢島八重子)

2  原告は、事故の翌日埼玉慈恵病院で診察を受け、頸部捻挫、頸部痛の診断を受けた(甲四、三五)。

3  原告は、本件事故後、頭痛と目がまぶしくチラチラと星が飛んだような症状に悩まされ、両眼が二か月間充血し、視力も低下してノートの線と線の間に字が書けない状態が続いた(甲二八、分離前の原告八重子)。

4  原告は埼玉慈恵病院に通院を続け、症状はいつたん改善されたかに見えたが、昭和五八年九月トイレで倒れ、同年一一月ころから首、肩、ヒジなどの痛みが強くなつた(甲二五、二九)。

5  昭和五九年一〇月二五日自動車を運転中急に視力が落ちたことから、熊谷総合病院の眼科を受診したところ、両併発白内障と診断された。この時の視力検査では右眼〇・〇一(矯正視力〇・〇二、以下括弧内は矯正視力を示す。)、左眼〇・〇二(〇・二)であつた。原告の右眼には完全虹彩後癒着、左眼には一部虹彩後癒着が認められた(甲一〇、二八、三一、証人岡安茂尚)。

6  昭和五九年一二月中旬ころ、原告は右手の動きが悪くなつているのに気付いたが、そのままにしていたところ、同年一二月一八日朝右手足が痺れて動かせなくなり、救急車で関東脳外科病院に搬送され、受診したところ、脳腫瘍が発見され、右手麻痺、失語症の診断を受けた。

7  原告は、昭和五九年一二月二一日脳腫瘍の摘出手術を受けたが、腫瘍は全部摘出されるに至らず、その後も治療中である。

8  原告の白内障はその後も進行し(岡安証言)、昭和六〇年二月一九日の視力検査では右眼〇・〇一(〇・〇一)、左眼〇・〇二(〇・〇四)に低下した。そこで、原告は昭和六〇年七月一八日と二五日の両日白内障の手術を受け、両眼の水晶体摘出の手術を受けた。

手術の結果、特殊な眼鏡を使用した原告の矯正視力は回復し、昭和六〇年八月九日の検査では右眼〇・〇一(〇・一)、左眼〇・〇二(〇・二)となつた。原告の視力低下の症状は同日をもつて固定したものと推認される(甲三一)。

9  しかしながら、原告の視力は、昭和六一年ころになつて再び低下しはじめ、昭和六一年二月二日の検査では右眼〇・〇一(〇・〇二)、左眼〇・一(〇・二)、昭和六二年五月二二日の検査では右眼〇・〇一(〇・〇五)、左眼〇・〇二(〇・二)、昭和六二年九月一四日の検査では右眼〇・〇一(〇・〇五)、左眼〇・〇二(〇・一)となつた。

10  原告の本件事故前の裸眼による視力は不明であるが、本件事故の六年前の昭和五二年七月一八日眼鏡を作つた際の測定では両眼とも矯正視力一・〇であつた(甲三二の一、三三の二)。原告は本件事故に至るまでの間右の眼鏡を使用して不自由なく日常生活を送り、仕事に従事してきた。

以上の事実が認められるところ、これらを前提として、原告の視力低下の原因を検討する。

まず、原告が本件事故後一年二か月を経過した昭和五九年一〇月二五日はじめて眼科を受診した時の視力低下は、両併発白内障によるものと認められる(甲一〇、三一、岡安証言)。このことは、白内障の手術後矯正視力が著しく回復したことによつても裏付けられている。

そこで、白内障の原因について検討すると、原告の白内障は両眼の虹彩炎によるものと認められる。虹彩炎が長期間存在すると白内障となる可能性が大きいのであるが(岡安証言)、初診時の両眼に虹彩炎後癒着が認められたからである(甲一〇、二八、三一)。

次に、原告の虹彩炎の原因を考察する。虹彩炎の原因は内因的なものと外因的なものに分けられる。原告の場合内因的原因として糖尿病、単純性包疹が疑われるが、原告の糖尿病の数値では治療後の数値であることを前提にしても虹彩炎は起こり得ず、単純性包疹による虹彩炎の可能性は角膜に瘢痕がないことから否定される(岡安証言)。そうすると外因的原因の可能性が考えられるが、前記認定の事実によると、原告は本件事故の際顔面特に両眼付近を打撲し、目の下、上まぶたを切る負傷を負い、直後から目がまぶしく星が飛ぶような症状に悩まされ、二か月間両眼の充血が続いたことが認められるところ、右の症状は虹彩炎の典型的な症状といえる(甲二〇の一ないし三)ので、原告の虹彩炎は本件事故によるものと認められる。岡安証人は両眼を同程度に打撲しないと両眼が虹彩炎になることはなく、通常そのような事態は考えられない旨証言するが、交通事故被害の態様は多様であるから、右証言を根拠に原告が両眼付近を同程度に打撲しなかつたとまでは断定できない。被告らは、原告が本件事故後一年二か月間眼科の治療を受けなかつたことから、事故後原告の眼の状態は悪くなかつたと主張するが、原告が保険会社に交渉したが診療の許可を得られなかつた事実やむち打ち症の治療に専念していた事実もあり(甲三五)、眼科の治療を受けず我慢していたことも十分考えられる。

以上の次第であるから、原告の虹彩炎、両併発白内障及びこれに基づく視力低下は本件交通事故によるものであると認められる。

ところで、原告の視力(矯正視力)は、白内障の手術により、右眼〇・〇一(〇・一)、左眼〇・〇二(〇・二ないし〇・三)にまで回復したが、昭和六一年二月二日の検査以後再び低下をはじめ、昭和六二年九月一四日の検査では右眼〇・〇一(〇・〇五)、左眼〇・〇二(〇・一)にまで低下したことが認められる(甲三一、岡安証言)。このような視力再低下の原因は、本件事故とは関係のない脳腫瘍に基づく脳圧上昇により視神経萎縮が生じた結果であると認められる(岡安証言、清水証言)。原告は昭和五九年一二月一八日脳腫瘍による右手麻痺が発現し、同月二一日腫瘍摘出手術を受けていたことから、昭和六一年二月二日以前から視神経萎縮が形成された可能性も否定し得ないが、脳腫瘍による脳圧上昇は昭和六二年二月一六日水頭症の診断がなされた前後のころに起きたと見るのが相当であるから(岡安証言、清水証言)、脳圧上昇による視神経萎縮はそれ以降に生じたものと推認される。昭和六一年二月二日以降の視力低下は本件交通事故と関係ないものと解される。

二  争点2について

前記認定の事実によると、原告の視力は本件事故前両眼の矯正視力が一・〇であつたところ、本件交通事故に起因する白内障手術後は右眼〇・〇一(〇・一)、左眼〇・〇二(〇・二)となつたことが認められる(前記認定のとおり原告の視力はその後更に低下しているが脳腫瘍による視神経萎縮のためであり本件事故との因果関係がない)。

原告の右後遺症は、「両眼の視力が〇・六以下になつたもの」として自賠法施行令後遺障害等級表第九級一号に該当する。なお、障害等級表にいう視力とは、矯正視力をいい、眼鏡により矯正した視力について測定するのが相当である(昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号障害等級認定基準第二1(2)イ(イ)参照)。

原告には、他にむち打ち症による両上肢しびれ、頸部痛等の後遺症があり、昭和五九年五月一〇日症状が固定しているが(甲四)、重い方の視力障害の等級によるものとする。

三  争点3について

(一)  損害額

1 休業損害 七七七万一三五八円

前掲各証拠によれば、原告は本件事故に遭い、昭和五八年八月一七日から症状固定に至る昭和六〇年八月九日まで七二三日間その意思がありながら働けなかつたことが認められるので、被告らはその間の休業損害を賠償すべきである。

原告は本件事故当時三三歳で妻八重子と共に飲食店「けやき」及び電線等加工業「矢島製作所」を経営しており、少なくとも平均賃金以上の収入を得ていたことが認められる(甲一、二、三、一四、一五、分離前の原告八重子本人)。昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表一般労働者産業計・企業規模計・学歴計平均給与額は三九二万三三〇〇円である。よつて、原告の休業損害は七七七万一三五八円である。

3923300÷365×723=7771358

2 逸失利益 二二二三万五三六一円

前記認定のとおり、原告の後遺症は障害等級九級一号に該当し、原告は満六七歳に至るまでの三四年間にわたり労働能力の三五パーセントを喪失したものと言うべきである。前項の原告の年収額を基礎として、諸般の事情を考慮しライプニツツ方式により中間利息を控除して原告の逸失利益の本件事故時の現価を求めると二二二三万五三六一円となる。

3923300×0.35×16.1929=22235361

3 入通院慰謝料 一〇〇万円

前掲各証拠によると、原告は本件事故による負傷の治療のため昭和五八年八月一七日から昭和六〇年八月九日まで埼玉慈恵病院、三輪病院、熊谷総合病院に通院し、その間の昭和六〇年七月一五日から八月三日まで白内障の手術のため入院したことが認められる(甲二八、三一)。

右の入院慰謝料は諸般の事情を考慮し一〇〇万円をもつて相当とする。

4 後遺症慰藉謝料 五二二万円

原告の前記後遺症に基づく慰藉謝料は五二二万円が相当である。

5 交通費 〇円

交通費については立証が十分でないので具体的金額を確定することができない。

(二)  損害の填補 九万五三〇〇円

原告が損害の填補として受領した金員を前記1ないし4の損害の合計三六二二万六七一九円から控除すると、被告らが原告に対し賠償すべき額は三六一三万一四一九円となる。

(三)  弁護士費用 三五〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の損害額は三五〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 北野俊光)

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